日本では仏教が宗教である

日本では仏教が宗教である

本日から「日本に原始仏教が伝来していない7つの根拠」というテーマでシリーズブログを書いていきたいと思います。
初回から物議を醸すようなタイトルですが、私達が当たり前と思っていることでも本質を突き詰めると、初めてわかる真実があります。
仏教とは何なのか、今回のブログだけでは説明しきれませんので、7つの根拠をもとに日本の仏教と比較して、お釈迦様の説かれた原始仏教を説明していこうと思います。

仏教とは「生き方の教え」

日本では仏教は宗教と認識されていますが、本来の仏教は宗教ではありません。
一言で言えばお釈迦様が説かれた「幸せに生きる生き方の教え」です。そしてお釈迦様の教えはダルマ(仏法)として2500年以上経過した現在でも一部の国だけに残っているのです。余談ですが、お釈迦様が説かれたダルマは84,000あると言われており、これを1日1つづつ実行できたとしても230年以上かかる計算です。
この教えは基本的に生き方の教えであるため、信仰も布教も全く必要ありません。

人生は苦である

例えば教えの一つに、「人生は苦である」という教えがあります。つまり人生はうまく行かないことが当たり前と思いなさいという教えです。うまくいかないことを前提としていれば、うまくいかないことがあったとしても、それが当たり前だから仕方がないと、すぐに切り替えがききます。そして、うまくいくことがあった時に「感謝」が生まれます。
では逆はどうでしょうか?もし人生がうまくいくことが当たり前と思っていると、うまくいかなかった時に「文句」が生まれ、うまくいったとしても、うまくいくことが当たり前なので「感謝」は生まれません。
考え方一つでこれだけ違うのです。感謝は徳分(プラスポイント)になり、文句はカルマ(マイナスポイント)となります。

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過去に生きるな、未来に生きるな、今に生きろ

更にお釈迦様のお言葉に「過去に生きるな、未来に生きるな、今に生きろ」というものがあります。
現代社会において、様々な悩みやストレスを抱えている人が多いと思いますが、多くの人々は、
過去の出来事に後悔し
未来に不安を感じる
このようなことを考えているのではないでしょうか?実はどちらも全く意味のないことなのです。
過去の出来事に後悔したり、反省することは何の約にも立ちません。反省をするのではなく、改善をするのです。反省は行動を伴いませんが、改善は行動を伴います。それによって同じ過ちを繰り返さなくなります。
そして未来への不安は、自分自身の免疫力を下げるだけで、肉体的にも精神的にもマイナスにしかなりません。先々のことを予測したり想定したりすることはとても大切ですが、それに対して不安を感じることは不毛です。不安を自分で制御抑制ができないなら瞑想することをオススメします。

以上のように過去に後悔したり、未来に不安になったりすることは、何の意味もありません。まずは今を一生懸命生きること、最善を尽くすことが重要なのです。
そしてどんな結果でも、その結果が自分にとっての最善結果であると思うのです。一時は災と思えても、それがあったおかげで成長できることも数多くあります。

日本では仏教が宗教で13の宗派に別れている

仏教は日本の宗派で言えば13の宗派に分類されており、13の宗派から更に派生して色々な宗教組織が現存しております。しかしその中にはお釈迦様が説かれた仏法が正式に継承されたものはなく、全て人間の拡大解釈によって作られた創作仏教がほとんどです。なぜなら日本に伝来している仏教は北方伝来(ネパール、チベット、中国)の大乗仏教であるため、その中身は仏教というよりヒンドゥー教の手法がメインとなっているからです。

ではなぜ日本にお釈迦様の説かれた原始仏教が伝来していないのか?そもそも日本に伝来した仏教は何なのか?
これを説明するには、仏教の歴史を説明しなければなりませんので、次回は「日本に伝来している仏教とは」をテーマにブログを書いていきます。

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