本来寺社仏閣参拝時にやるべき事

本来寺社仏閣参拝時にやるべき事

寺社仏閣へ行く目的について

皆さんも一度は寺社仏閣に足を運んだことがあるかと思いますが、何を目的として神社やお寺に行きますか?
この質問をした時の答えで多いのが「祈願」です。例えば合格祈願、安産祈願、必勝祈願など、中身は「お願い事」です。では皆さんのお願いに対して神聖な存在は何か働きかけてくれるのでしょうか?
本日は寺社仏閣に宿りし神聖な存在とのつながり方と、良い存在と悪い存在の見分け方について解説していきたいと思います。
この記事を読めばきっと寺社仏閣に行く目的や、その場所での過ごし方も変わるはずです。

神聖な存在とのつながりは与えることで得られる

もしあなたのもとに初対面の人がやってきて、お金をくださいと言われたらどう思いますか?初対面の信頼関係のない人にお金を貸す人などほとんど居ません。
神聖なる存在も一緒です。更に言えば神聖な存在は人間よりも上の存在です。下位レイヤー世界の初対面の人間ごときにお願い事をされたところで聞く耳を持ってはくれません。ではどうすれば 神聖な存在 が人間に協力してくれるのでしょうか?これは人間社会で考えてみれば簡単なことなのです。まずは自分の利益を求めず与えること、そして相手との信頼関係を築くこと、この2つが重要です。

まずは神聖な存在とつながり信頼関係を築くことの方が重要なのです。奪う人は嫌われ、人にたくさん与える人は好かれます。とにかく何度も神聖な存在に供物を与えることです。人間世界で同じことをすれば、与えられた人は頼んでもいないのに協力してくれるようになります。
そしてここで重要なのは動機です。願いを叶えて欲しいという動機で神聖な存在とつながるのではなく、神聖な存在に幸せになってもらいたい、喜んでもらいたいという純粋な気持ちで供物を捧げることです。そうすれば必ず神聖な存在はあなたの味方をしてくれることでしょう。

タイ・ラオス・ミャンマーなどでは寺社仏閣は徳分を積みに行く場所

日本では寺社仏閣は祈願しに行く場所というイメージですが、タイなど東南アジア仏教本場の地域では寺社仏閣は徳分を積みに行く場所として認識されています。自分の祈願のために行く人は観光客くらいかと思います。本来寺社仏閣は徳分を積む場所なのです。まず寺社仏閣へ行くこと自体が徳分になります。そしてそこで瞑想したりマントラを唱えることによって更に徳分が発生します。
徳分とは見えない世界の通貨です。この「徳分を積む」ということはは唯一人間だけができることなのです。たとえ神でも神聖な存在でも動物も虫も徳分を積むことはできません。輪廻転生の輪の中で唯一人間だけができる行為なのです。前述した通り、徳分とは見えない世界の通貨ですので、神や神聖な存在にとっても徳分はありがたい存在です。ですので積んだ徳分を御本尊など神聖な存在に全て捧げることが、本来の寺社仏閣でやるべき行動なのです。

temple_thai_image

少し話はそれますが、お葬式もタイと日本では大きく違い、日本のお葬式は、参列者がほとんど間違ったことを行っています。タイでは参列者が死者に徳分を捧げて、死者があの世でより良い階層へ行くことを願います。そのために出家する人もいます。何度も言いますが、徳分は見えない世界の通貨です。この世でいくら財産を残したとしてもあの世には持っていけません。あの世に持っていけるのは徳分とカルマの2つだけです。そして徳分を積めるのは人間として生きているうちですから、死者は徳分をもらうことしかできないため、葬式の参列者が死者に自分の徳分を捧げるのです。賢い人は自分の死が近いことを知ったら自分の財産を全て寺に寄付し、財産を全て徳分に変換してから最期を迎えます。
一方日本はどうでしょうか?参列者が死者に徳分を捧げることを一切しません。そのような習慣が抜け落ちているからです。それどころか棺桶の中に生前好きだった物を入れたり、人間世界のお金を入れたりします。生前好きだったものはこの世に対する未練や執着、欲望であり全てカルマにしかなりません。つまり良いことをするどころか死者のカルマを増やしている(悪いことをしている)ことになります。死者は閻魔大王の裁きを受けるまで100日の猶予がありますので、その間に徳分をたくさん送ってあげることが重要なことなのです。

神聖な存在にも良い存在と悪い存在がいます

話はもとに戻り、神聖な存在についてですが、神聖な存在にも良い存在と悪い存在があります。悪い存在も一応神聖な存在であるため人を成功に導く力を持っています。悪い存在は人をありえないくらい大成功させてからハシゴを外すという最悪な方法で人を再起不能にします。再起不能にされるくらいなら最初から成功しないほうがマシだったと思うくらい人を奈落の底へと突き落とします。そうならないためにも良い神聖な存在とつながる必要があります。つまり良い寺社仏閣を自分で選択しなければなりません。
良い神聖な存在が宿る寺社仏閣の選択基準は、確認方法が難しいのですが、その寺社仏閣を管理している僧侶や宮司がお酒を飲まず、肉や魚など魂のある物を一切食べない人であることです。正確に言えば五戒(不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不飲酒)を守っているか否かで見分けることができます。
とは言え僧侶や宮司が何を飲んで何を食べているかわからないものです。そこで重要なのが悪い存在に攻撃されないためのプロテクトです。プロテクトさえしっかりしていれば悪い存在に狙われることすら無いでしょう。特に欲望やカルマが多い人は狙われやすいです。そして徳分が大きいことは最高のプロテクトになります。他にも密教修行者である筆者が実践している「護身法」という密教独特のプロテクト方法や、「タクッ」というお守りを身につける、プロテクト系マントラを唱えるなど、プロテクト方法は色々あります。
基本的には悪いことをしない限り、悪い存在は攻撃してきません。しかし人間は悪いという認識がないまま神聖な存在に対して無礼を働き、結果不幸になることが多いです。つまり見えない世界のルールをちゃんと知ることが、神聖な存在とつながる上で重要なことになります。

信頼関係を築けば願わずとも叶う

神聖な存在へ与えることが重要であると書いてきましたが、自分の願いはいつ叶えてもらえるのか?疑問に思う人もいるかもしれません。安心してください、願うこともできます。但し自分の願いは最後にしてください。わかりやすく順番に説明します。

  • 寺社仏閣で徳分を作る(参拝自体が徳分になる、マントラを唱えたり瞑想することも徳分)
  • その徳分を御本尊や御神体に捧げる
  • 御本尊や御神体に徳分を捧げることによって更に徳分が戻ってくる
  • 戻ってきた徳分を使って、人の願いを祈願してあげる。○○さんの健康長寿、○○さんの商売繁盛など
  • 最後に自分の祈願を行います。私の〇〇最善結果到来成就など。

そうすると、自分の願いと一緒に人のために願ったはずの健康長寿や商売繁盛も結果自分に健康の徳分と財の徳分として戻ってくるのです。
つまり与えるという行為は一切失いません。むしろ増えるのです。与えられたら返すこれが神聖な世界でのルールだからです。

また、徳分は生きている人はもちろん、亡くなられた方へ送ることもできます。どんな人にも送ることができます。特に母親孝行は最大級の徳分になりますので、自分の徳分を母親に捧げてください。既に亡くなられている場合は俗名(生前の名前)で捧げることが重要です。戒名では行き先不明の郵便物と同じで届きませんのでご注意ください。

そして神聖な存在との信頼関係を築き、定期的に供物を捧げるなどの施しをしていれば、何も言わなくても神聖な存在はあなたの味方をしてくれます。きっとあなたの人生を成功へと導いてくれることでしょう。

総括

人生を成功させるためには見えない存在の力が必ず必要になってきます。物事の結果は、実力よりも運の方が支配的です。いくら努力しても運が良い人には勝てません。そしてその運とは見えない存在の働きかけであります。神聖な存在は見えないから居ないのではなくて、確実に身近に存在しているということを覚えておいてください。いかに見えない神聖な存在とつながることができるか。これがあらゆる成功の鍵となります。

寺社仏閣で何をするべきか、ご理解いただけましたでしょうか?まとめますと、

  • 寺社仏閣は徳分を積みに行く場所である
  • 生まれた徳分を御本尊や御神体に捧げる
  •  神聖な存在に対しては祈願するのではなく供物や徳分を与えること
  • 得られる徳分を使って人のために祈願する(結果的に自分に戻ってくる)
  • 与えることは失うことではなく自分の徳分が増えること
メニューを閉じる